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義経の子孫は戦国時代まで続いていた?義経の子 中村朝定の子孫のその後 【鎌倉殿の13人】

by eiga



源義経は衣川で藤原泰衡に討たれ、正室の郷御前とその娘も命を落とし、静御前が産んだ男子も、源頼朝によって生まれた直後に命を奪われ、義経の血筋は途絶えてしまいました。

しかし、義経には奥州にてもう1人男子がいたという伝説があり、その子は中村朝定として歴史上に名を残し、子孫も南北朝時代、戦国時代まで活躍を続けていました。

独眼竜 伊達政宗の伊達氏とも深いつながりのある中村氏は、鎌倉幕府に目をつけられながらも、鎌倉時代を生き抜き、南北朝時代には南朝方の有力勢力として活躍しています。

義経の隠された子の正体、義経の死から400年近くも続いていたとされる中村朝定の子孫のその後について紹介します。

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大河ドラマ鎌倉殿の13人公式サイト
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